沖縄伝承話は、戦前からすでに民俗学・宗教学・神話学など多様な学問分野における日本基層文化の探求の資料として活用され、高い評価を受けてきた。

しかしながら、鉄の暴風と表現された沖縄戦で多数の伝承者が生命を奪われ、戦後も異民族による支配が長く続いた沖縄においては、伝承話の記録保存は極めて困難であった。

その結果、1970年代になると、他の地域との調査研究のレベルの格差は拡大し、更に伝承者の高齢化や死亡などによって伝承の衰退が顕著になった。

このような状況の中で、我々は1973年、消滅しつつある伝承話を記録保存し、共有財産とすることを目指して調査を開始した。

東西千キロ、南北4百キロに40余の有人島が点在する沖縄の調査は、地続きの本土とは伝承内容も調査方法も異なっていた。

我々は以後30余年の間、およそ延べ2万人の仲間が村から村へ、島から島へと移動しながら調査を実施して、1万3千人のご老人から約7万3千話を聴取し、記録保存してきた。

しかもそれらの総ては、音声テープ及び詳細な調査記録を伴うものである。沖縄におけるこの30年は、沖縄方言の世代から共通語の世代への移行期にあった。

従って我々は、沖縄各地の方言を基礎として成立していた文化そのものの崩壊過程の立会人となっていたのである 我々の調査は、表面的には沖縄の多様な方言圏の言語伝承を記録保存したということになるが、しかしながら調査の分量はおよそ近代日本百年の記録の分量に相当するものであり、その潜在的な価値の可能性は計り知れない豊かさを持っているといえよう。

それは単に沖縄の伝承話によって立論された学術的な価値に止まらず、教育、環境、地域振興、児童文学など様々な価値を内包している。学術研究に限ってみても、20世紀における沖縄伝承話の活用は、主に日本文化の根源を探ることに求められたが、21世紀においては、日本という狭い枠内での比較に止まらず、国際的な比較がより可能になることによって、沖縄の伝承話は東西の文化の流れや人類古層の文化を探る鍵ともなり得る学術的価値を持つことが明らかになりつつある。

即ち、我々が聴取して得た沖縄伝承話は、保存・保護されなければならない世界に誇るべき文化遺産なのである。